表見代理(ひょうけんだいり)というのは、「みせかけの代理」ということで、本当は代理でも何でもない人のことです。
でも、何も知らない人が「みせかけの代理」を「本当の代理」と信じちゃって、契約した場合に、その何も知らなかった人を守ろうというのが「表見代理」の考え方です。
民法109条と110条の内容を簡単に言うと
これに関係する条文が民法の109条と110条ですね。
109条の方は「代理権授与の表示による表見代理」なんていいいますけど、簡単にいえば、
「『自分は代理だ』と証明するものを、不正に手に入れて代理のふりをしちゃってる場合」
ですね。
110条の方は「権限外の行為の表見代理」といいますが、これは、
「いちおう代理は頼まれたけど、頼まれたこと以外もやってしまった場合」
です。
で、よく問題になるのが「白紙委任状」との関係。
白紙委任状というのは、「内容が書かれていない委任状」のことですね。
ここからは例を挙げて説明しましょう。もちろん個人名団体名はすべて仮名です。
普通の委任状の場合
鈴木さんはサトウ銀行から、自分の土地を担保にして500万円借りたいと思いました。
でも鈴木さんは、そういう手続に詳しくないので、そういうことに詳しい田中さんに代理になってもらって、借金するための手続きを「委任」することにしました。
普通の「委任状」なら、
「サトウ銀行から鈴木さんが500万円借りることと、鈴木さんの土地を担保にすること」
この手続を「田中さんに」委任しますということを、書くわけですね。
ところが、「白紙委任状」の場合。
「誰に」委任するかが「白紙」の場合
まず、「田中さん」の部分だけ白紙になっている場合があります。
そういう白紙委任状を、全然関係ないニセ山さんが拾って、本来「田中さん」と書くべきだったところに「ニセ山」と書いて、代理人のふりをしました。
そして、ニセ山さんはサトウ銀行に行って、鈴木さんの土地を担保にして500万円を借り、その500万円を持って逃げてしまいました。
こういう場合が109条の「代理権授与の表示による表見代理」ですね。
この場合、民法109条にはこう書かれています。
第109条
第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。
この「第三者」というのが、上記の例では「サトウ銀行」にあたります。
ニセ山さんが見せた委任状を信じて、お金を貸し、そして鈴木さんの土地を担保にとったサトウ銀行は何も責任がないということです。
鈴木さんは土地を担保に取られ、しかも500万円は持ち逃げされたわけですが、それでも500万円はサトウ銀行に返済しないといけない、ということです。
ただし、サトウ銀行が「ニセ山氏は偽代理人だ」と知っていた場合、または「過失」によってそれを知らなかった場合は、話は違いますよ、ということですね。
ただ、「サトウ銀行は知ってたくせにニセ山氏と契約した」または「サトウ銀行に過失があった」ということは、鈴木さんが証明しなければなりません。
「何を」委任するかが「白紙」の場合
次に、同じ白紙委任状でも「何を委任するのか」が白紙だった場合。
「田中さんに委任します」とは書いてあるけど、
「サトウ銀行から500万円借りることと、鈴木さんの土地を担保にすること」
ということは鈴木さんから田中さんにメールで知らせただけで、委任状には書かれていなかった場合。
こういう状況で、田中さんが委任状を悪用して、「鈴木さんの借金」のためでなく、「自分の親戚の借金」のためにサトウ銀行へ「鈴木さんの土地」を担保として差し出したとしたら・・・
これは民法110条の「権限外の行為の表見代理」の問題となります。
この場合、110条にはこう書かれています。
第110条
前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
つまりサトウ銀行が
「田中さんがやっている契約は本当に委任されたことなんだ」
と信じたことについて、「正当な理由」があれば、サトウ銀行は何の責任も問われませんよ、ということです。
つまり鈴木さんは、「うちの土地を担保にするなんて、そんなことは取り消し!」とは言えないということになるんですね。
ただここで「正当な理由」って何?ということになります。
これ、鈴木さんの損害が大きいほど「正当な理由」は認められにくくなります。
たとえばこの例では、鈴木さんは土地を失う危険があります。一方で、鈴木さんには何もメリットがありません。
お金は田中さんの親戚がもらっているわけですから。
となると、田中さんに「委任状」を見せられただけで、「信じる」に足る「正当な理由」とは認めにくいことになります。
ましてやサトウ銀行は融資のプロなんだから、せめて鈴木さん本人に確認してみるくらいは、やらないといけないでしょう。
ということでこの例の場合は、サトウ銀行に「責任あり」ということになるかもしれません。
さてでは。
どっちも「白紙」の場合
まったくの「白紙委任状」の場合、どうなるんでしょう。
「誰に」委任するかも「何を」委任するかも書いていない場合。
これはいくらなんでも、鈴木さんの損失が大きすぎるということで、そういう白紙委任状自体、認められないということになるでしょう。
ただこの場合、「本当に白紙委任状だった」ということが証明できないといけませんね。
つまり割印を押した白紙委任状の「控え」くらいは持っておかないといけないということです。
それがないと「白紙委任状」だったかどうか、わかりませんからね。
たとえば田中さんが、
「いや、これは白紙委任状ではなく、最初からこういう内容の委任状でした」
と主張したとしたらどうするの?ということですね。
そんな場合、証明できるものを持っていなければ、どうしようもないです。